剣道のK太郎君

今朝診療開始前に、クリニックに電話がありました。
「先生、K太郎が、剣道の全国大会で3位になりましたよ、家内が先生に知らせてっていうので!」。乳児喘息で、小さいころ何回も病院に入院を繰り返したK太郎君のお父さんからでした。3年以上もお会いしていなくて、K太郎君は今年小学校6年生です。彼が初めて中津病院に入院したのは1歳前でした。年末の小児病棟で酸素マスクをつけながら吸入している小さな息子のそばで、心配で不安な様子のご両親の顔を今でも思い出します。それから5-6回も入院したでしょうか。いつも主治医をしていた私は、つかまり立ちをし、歩きだし、K太郎君の成長発達していく日々につきあい、喘息の治療に励んだ一家とともに彼の成長を楽しんできました。でも、乳児喘息の子どもたちは重症であっても、ちゃんと治療をしていれば、ほとんどは成長とともに治っていきます。K太郎君も幼稚園に行き始めるころには発作も減り、薬を減らすことができ、学校に入るころには薬なしでもほとんど発作がなくなりました。有段者のお父さんにならって剣道を始めたのもそのころです。
小児科医のジレンマですが、子どもたちは成長とともに病気が治っていくと病院に通う頻度が減り、だんだん会わなくてよくなるので、ほんとはいいことなのですが、ちょっと寂しいのが本音です。K太郎くんともほとんど会わなくなっていたのですが、剣道をすごくがんばっているのは知っていました。彼の今回の成果は、あの小さかったころを知っている私には何よりの朗報でしたし、同時にご両親の今までのご苦労や、彼にそそぐ愛情の奥深さに改めて敬意を表したいと思いました。そして昔の主治医にわざわざ知らせていただいたことを感謝したいと思います。小児科医にとっては何よりのごほうびでした。

アレルギーとは

アレルギー体質は、いろんなものに過敏で、体内に侵入してくるいろんな物質を外界からの敵だとみなしてしまうのです。本来人間の体には、免疫と言って、自分のものは受け入れるけれど、他から入ってきたものは「非自己」(自分でないもの)として、排除しようとするシステムがあります。これがあるから人間は、細菌やウイルスなど、多くの病原体が侵入してもいろんな免疫システムが働いてやっつけることができるのです。
でもアレルギー体質は、病気を起こす病原体ではなく、なんでもない身の回りにあるものを敵とみなしてそれに対する特殊な抗体IgEを作ってしまうのが問題なのですね。乳幼児期には卵や牛乳など食品が、幼児期以降は、ハウスダスト、ダニ、ペットや花粉など。何かに対するIgE抗体を持っていると、その何かが体内に侵入したときに、その何かをやっつけようとしてアレルギー反応がおこるのです。花粉が空気中に増えると鼻水、くしゃみ、目のかゆみがくるのも、ほこりっぽい環境やペットのいる家にいくと咳が出てぜいぜいと喘息症状が出るのも、卵アレルギーの赤ちゃんが間違って卵の入ったものを食べて吐いてじんましんが出て咳がとまらなくなるのも、皆それぞれのアレルギー反応です。
でも、誰が、どういうアレルギー体質を持っていて、何にどれだけの反応が出て、その対策として何をどうするのかというのは、ほんとにその患者さんの年齢、体質、検査でわかったアレルギーの程度、実際の症状など、個々に違っていて、個々に診断と指導が必要になります。血圧いくつ以上で高血圧だから降圧剤飲みましょうとか、コレステロールいくつ以上で高脂血症だから薬のみましょう、というのではないのです。 IgEがものすごく高くても食物アレルギーのない子どももいるのに、検査の値が高いだけで今まで食べていたものを制限されたり、逆にすごいダニやハウスダストアレルギーで慢性の鼻炎がひどくそのせいで咳が出ているのに、喘息の薬をいっぱい出されて、家庭のダニ対策がまったくされていなかったりします。
われわれアレルギー専門の小児科医は、こどもをとりまく環境を全部把握し、全身の病気を診ます。初めての患者さんで、今までのお話を聞いて、検査結果を評価し、診察して診断し、どう治療してどんな指導が必要かを判断するのはすごく専門的な技術だし、多くの経験がいるのです。
ある程度の年齢の重症児は、アトピー性皮膚炎も喘息も鼻炎も食物アレルギーもあり、ご家族は混乱しています。すべてを整理して、ひとつひとつ解決策を提示するのに時間がかかります。予約でもお待たせしてしまうのは、そういう患者さんが増えているせいでもあります。説明や指導を減らせばいいのでしょうが、どうも性格上それができません。やれることは全部やりたい、というスタンスでやってきました。そろそろ限界かもしれませんが・・・
どうぞご理解ください。今日も外来終了時間は1時間オーバーでしたが、患者さんのみなさんが、多少待たされても満足していただければ幸いです。

正解はひとつじゃない

学生の頃、数学が得意ではなかったが好きだった。論理的に思考して、一つの正解に行きつく過程が魅力的だったのだと思う。人間は生き物なので、いろんな複雑な要因が絡み合い、人生において、また身体的な病気においても正解をひとつに絞ることが難しい。
たとえば、アトピー性皮膚炎の患者さんから、皮膚科の先生は石鹸を使うなと言い、小児科の先生は石鹸を使えと言う、どちらが正しいのですか、とよく聞かれる。ホントにしょっちゅう聞かれる。これは、どちらも正解であり、正解でないのだ。
アトピー性皮膚炎の患者さんの皮膚はほぼ99%乾燥肌である。乾燥肌はバリア機能が悪く、ちょっとした外からの刺激で湿疹やかゆみをおこす。患者さんにとって、乾燥肌対策は必須だし、湿疹がよくなっても保湿剤などのスキンケアは欠かせない。石鹸は、界面活性剤が働いて、皮膚表面の汚れを落とすが、効きすぎると皮膚の皮脂成分もおとして、かさかさにしてしまう。それで、皮膚に詳しい皮膚科の先生方は石鹸の使用を勧めない。しかし我々小児科医は、こどもの生活をよく知っていて、汗や汚れや泥遊びや食べ物のべたべたがいかに子どもの皮膚についているか、それがなかなか水だけでは落ちないことを知っているので、石鹸が必要だと思う。要は、石鹸がいいか悪いかは、それがどんな患者さんで、何歳で、どんな生活をしていて、どんな皮膚の状態で、どんな石鹸をどんな風に使うかによって話は全くちがうのである。入浴時に、刺激の少ない石鹸をふわふわに泡立てて、手で優しく、こすらずなでるように洗えば、皮膚を傷めずに汚れが落ちるだろう。入浴後にしっかり保湿剤を塗れば、汚れの落ちたバリアのしっかりした肌になる。要は理屈がわかって個々に対応するしかない。しかし、白黒のはっきりしない回答はあまり皆さんにはぴんとこないようだ。
小学校の子どもが学校に行かなくなった。無理強いしても行かせた方がいいのか、好きなように休ませた方がいいのか。これにも明快な正解はない。学校が嫌になりかけて気が進まない時に親が背中を押してやって行ってみたらうまく行けるようになったということもあるし、無理に行かせたらすごく傷ついて心を閉ざしてまったく外にも出られなくなったということもある。その子どもや親によって状況は異なるし、どういう行動がどういう方向につながっていくのか、子ども自身や親だってわからないことはよくあるのである。
毎日ひとつでない正解のなかから、患者さんやご家族に、よりよい道を選んでもらえるように、言葉を尽くして説明するのは実は容易ではない仕事なのである。

医療法人 創和会 かめさきこども・アレルギークリニックは豊中市(緑地公園駅近く)にある、小児科・アレルギー科の専門医です。

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