今月の独り言
つらい夏でした
夏休みもいよいよ終わり。最近は、8月の最終週から始まる学校や幼稚園も多くなり、実はお母さんたちはほっとしているかもしれません。
夏休みでも学校の先生はもちろんずっと休んでいるわけではなく、研修や勉強会など、子どもたちの授業に追われる日常ではできない仕事もあるようです。この夏は、豊中市の公立の小学校と、中学校の研修に講師として呼ばれて、食物アレルギーのお話をし、エピペンの講習もしてきました。
エピペンが保険適応になって普通に処方できるようになると、食物アレルギーのある子どもで、万が一誤食できつい症状が出る可能性がある場合や、学校行事で宿泊がある場合は、エピペンを持っていくのが普通の治療になってきました。注射なんて医療行為、学校でしなくてもいいじゃないか、というのが一般の学校現場での雰囲気でしたが、一昨年学校給食の誤食で小学生が亡くなった事例があったのをきっかけで、先生方が危機感を持ったり、関心が高まったりしてずいぶん雰囲気が変わってきました。あちこちでエピペンの講習会が開催されたり、校長先生や養護の先生だけでなく全員の先生が、食物アレルギーの話を聞きたい、知識を深めたい、といってくださるようになったのは本当にありがたいことで、食物アレルギーの子どもたちを守る力になると思います。
アレルギーだけでなくなんでもそうですが、知らない、知識がない、正しい対処法を知らない、というのは不安で、不安があると正しい対処はできません。世の中に怖いこと、考えたくないこと、知りたくないこと、できれば目をつぶってないことにしたいことっていろいろあるのですが、やはり、実際に我が子や自分の生徒のことであれば、向かい合うしかないのです。
この夏は、夏休みの初めから、小学生の女の子が中年男性に誘拐され監禁されたり、女子高校生が同級生を殺害したり、継父から虐待され自殺を強要された中学生の男の子が首をつって自殺したり、最後の方では自然災害で多くの子どもたちの命が奪われたり、小児科医としてはほんとにつらい夏でした。これも目を背けることなく、小児科医としてできることをして、なんとか子どもを取り巻く環境を改善していかねばならないということです。また新たな課題をつきつけられた気がします。
剣道のK太郎君
今朝診療開始前に、クリニックに電話がありました。
「先生、K太郎が、剣道の全国大会で3位になりましたよ、家内が先生に知らせてっていうので!」。乳児喘息で、小さいころ何回も病院に入院を繰り返したK太郎君のお父さんからでした。3年以上もお会いしていなくて、K太郎君は今年小学校6年生です。彼が初めて中津病院に入院したのは1歳前でした。年末の小児病棟で酸素マスクをつけながら吸入している小さな息子のそばで、心配で不安な様子のご両親の顔を今でも思い出します。それから5-6回も入院したでしょうか。いつも主治医をしていた私は、つかまり立ちをし、歩きだし、K太郎君の成長発達していく日々につきあい、喘息の治療に励んだ一家とともに彼の成長を楽しんできました。でも、乳児喘息の子どもたちは重症であっても、ちゃんと治療をしていれば、ほとんどは成長とともに治っていきます。K太郎君も幼稚園に行き始めるころには発作も減り、薬を減らすことができ、学校に入るころには薬なしでもほとんど発作がなくなりました。有段者のお父さんにならって剣道を始めたのもそのころです。
小児科医のジレンマですが、子どもたちは成長とともに病気が治っていくと病院に通う頻度が減り、だんだん会わなくてよくなるので、ほんとはいいことなのですが、ちょっと寂しいのが本音です。K太郎くんともほとんど会わなくなっていたのですが、剣道をすごくがんばっているのは知っていました。彼の今回の成果は、あの小さかったころを知っている私には何よりの朗報でしたし、同時にご両親の今までのご苦労や、彼にそそぐ愛情の奥深さに改めて敬意を表したいと思いました。そして昔の主治医にわざわざ知らせていただいたことを感謝したいと思います。小児科医にとっては何よりのごほうびでした。
アレルギーとは
アレルギー体質は、いろんなものに過敏で、体内に侵入してくるいろんな物質を外界からの敵だとみなしてしまうのです。本来人間の体には、免疫と言って、自分のものは受け入れるけれど、他から入ってきたものは「非自己」(自分でないもの)として、排除しようとするシステムがあります。これがあるから人間は、細菌やウイルスなど、多くの病原体が侵入してもいろんな免疫システムが働いてやっつけることができるのです。
でもアレルギー体質は、病気を起こす病原体ではなく、なんでもない身の回りにあるものを敵とみなしてそれに対する特殊な抗体IgEを作ってしまうのが問題なのですね。乳幼児期には卵や牛乳など食品が、幼児期以降は、ハウスダスト、ダニ、ペットや花粉など。何かに対するIgE抗体を持っていると、その何かが体内に侵入したときに、その何かをやっつけようとしてアレルギー反応がおこるのです。花粉が空気中に増えると鼻水、くしゃみ、目のかゆみがくるのも、ほこりっぽい環境やペットのいる家にいくと咳が出てぜいぜいと喘息症状が出るのも、卵アレルギーの赤ちゃんが間違って卵の入ったものを食べて吐いてじんましんが出て咳がとまらなくなるのも、皆それぞれのアレルギー反応です。
でも、誰が、どういうアレルギー体質を持っていて、何にどれだけの反応が出て、その対策として何をどうするのかというのは、ほんとにその患者さんの年齢、体質、検査でわかったアレルギーの程度、実際の症状など、個々に違っていて、個々に診断と指導が必要になります。血圧いくつ以上で高血圧だから降圧剤飲みましょうとか、コレステロールいくつ以上で高脂血症だから薬のみましょう、というのではないのです。 IgEがものすごく高くても食物アレルギーのない子どももいるのに、検査の値が高いだけで今まで食べていたものを制限されたり、逆にすごいダニやハウスダストアレルギーで慢性の鼻炎がひどくそのせいで咳が出ているのに、喘息の薬をいっぱい出されて、家庭のダニ対策がまったくされていなかったりします。
われわれアレルギー専門の小児科医は、こどもをとりまく環境を全部把握し、全身の病気を診ます。初めての患者さんで、今までのお話を聞いて、検査結果を評価し、診察して診断し、どう治療してどんな指導が必要かを判断するのはすごく専門的な技術だし、多くの経験がいるのです。
ある程度の年齢の重症児は、アトピー性皮膚炎も喘息も鼻炎も食物アレルギーもあり、ご家族は混乱しています。すべてを整理して、ひとつひとつ解決策を提示するのに時間がかかります。予約でもお待たせしてしまうのは、そういう患者さんが増えているせいでもあります。説明や指導を減らせばいいのでしょうが、どうも性格上それができません。やれることは全部やりたい、というスタンスでやってきました。そろそろ限界かもしれませんが・・・
どうぞご理解ください。今日も外来終了時間は1時間オーバーでしたが、患者さんのみなさんが、多少待たされても満足していただければ幸いです。